宇宙船

映画の話

プラネタリウム

プラネタリウムってつまり、見せかけの宇宙ってことなんでしょうか。

彼女たちの、彼の、やっていたことは宇宙ではなくてプラネタリウムだったのかしら。
だけどわたしは、最後にローラが見た電飾の星が、電飾でも本物でもどちらでもよかったです。星は星でした。きっとローラもそう感じていたと、思いたいです。

映画を作る映画って素晴らしいですよね。
この映画も、映画を作る映画でした。
戦前と呼ばれる時代、それがまだ戦前だと知る前の時代のことです。


プラネタリウム』(2016年)

アメリカ人の姉妹ローラとケイトは、死者の言葉を人々に届ける降霊術で生活をしていました。パリでふたりのショーを見た映画プロデューサーのコルベンは、ふたりに興味を持ち、自宅に招きます。コルベンは降霊術で死者を感じ、映画にしたいと思いました。
最初はふたりの降霊術をそのまま映像にする予定でしたが、周りの評判はイマイチでした。でも、これをきっかけに、強く美しいローラは女優になりました。霊感のあるケイトは、コルベンと共に霊を映す実験に関わるようになり、姉妹の生活は変わっていくのでした。


貧乏で、故郷に帰るために降霊術をする姉妹は、映画の世界に出会い、友人たちとの華々しい生活が始まります。

ケイトに霊感があるのか、降霊術はインチキなのか本物なのか、最後までわかりません。
おそらくローラにも本当のところはわからなかったでしょう。ケイトは知っていたと思いますが、彼女は何も語りませんでした。

嘘なのか本当なのか、という話ではありません。何か大きなものに夢を見る人々の話っていうんですかね。
彼らの時代には、もう、いろんな技術を使ってスクリーンに霊を再現することができました(ーーもう、というか、映画が生まれた頃からできますが)。
でもコルベンは本物にこだわっていました。
それって、死者はいる!って気持ちもあるけど、それよりも、映画はそんなもんじゃない!の気持ちに思えました。


ローラとケイト、このふたりが本当に美しくて、だってナタリー・ポートマンとリリー・ローズ・デップですよ、どの瞬間だって目が離せませんでした。
ナタリーが、というかローラが、とてもおもしろい人で、ファニーじゃなくてインタレスティングの方ですよ、知的で理性的な雰囲気があって、クールなんですが、ものすごく表情も感情も豊かで、“どんどん出てくる”と言うべきでしょうか。
たくさん、あのシーンのここ!この言い方!あの顔!って言いたいところがあって、きりがないです。

本当に美しくて知的で、しっかりしていそうなのに、笑い方が馬鹿みたいなんですよ。ちょっとパリでそんな笑い方しないでよ〜!って小声で言いたくなりました。笑
でも、これがローラなんだなぁと安心するというか。
やっぱり、生活とかお金とか、妹の面倒見なきゃとか、わたしがしっかりしなきゃとかで、外側が固まってるところがあると思うんですよ。でもローラもただの女の子で、本当は気取ってないし不器用だし、恋もするし、嘘は下手で、ちょっとダサい。
そんな様子がずっと描かれていて、彼女のことを好きになるしかない。

ローラやコルベンが野心丸出しに突き進んでいく一方で、ケイトはじっとしていました。死、すら受け入れてしまうくらいに、じっとしていました。
わたしはケイトのことがめちゃくちゃ好きでした。
ローラのように表情豊かではないけど、ひとつひとつが強くて、真っ直ぐでした。


時代はどんどん戦争の方へ進んでいって、だから、「華々しいあの頃」よりは「華々しかったあの頃」と言う方がしっくりくるかもしれません。
でも「華々しい」より「華々しかった」の方が圧倒的に輝きを増す感じがします。ニュアンスですけど。

みんなで集まって哲学的な話をして、お酒飲んで、雪合戦するパーティー、わたしもやりたい!
それから映画の話をして、南仏の海で遊んで、笑って、あの頃のわたしたちは本当に楽しかったよねぇと、そういう過去の夢と、もっと素晴らしくなるという未来への夢の映画でした。

シェイプ・オブ・ウォーター


予告編の音楽がきれいで、映画館に観に行きました。
元々、仕事終わりでレイトショーに行くと映画の世界にぶん殴られて、メロメロになってしまうのですが、それにしても素晴らしくて、もう2回も観ました。


(2017)

アメリカ政府の研究所で清掃員として働くイライザは、耳は聞こえるけれど、声を出すことができません。夜に働き、昼間は隣の部屋の画家ジャイルズと、音楽を聴く日々を繰り返していました。
ある日、新しい研究対象として不思議な生き物が運び込まれます。「彼」は人魚のように人の形をして、海中で生きていました。その姿に心を奪われたイライザは、清掃の合間にこっそり「彼」に会いにいくようになります。
アメリカはソ連と、「彼」の研究を巡って火花を散らしていました。アメリカ側のリーダー格であるストリックランドは、ソ連よりも結果を出すために、「彼」の生体解剖を計画します。それを知ったイライザは、友人たちと協力し、「彼」を研究所から連れ出すのでした。


色と音楽がとても美しくて、何もかもがわたし好みです。
イライザの家は1階が映画館になっているアパートで、映画館もアパートの部屋も本当に可愛くて、始まった瞬間ガッツポーズでした。
イライザが音楽や映画を好きこともあってか、50年代60年代くらいの映画の雰囲気が満載で、ちょっとミュージカル映画風味で、メロメロになりますよ。

そんな家と、そして職場が「航空宇宙研究センター」!!
夜に起きて、バスで向かって、朝方に帰宅…で、なんの研究所だかは不思議な感じでしたが、そんなことはよくて、宇宙!研究!夜!極秘!イエスエス!みたいな気持ちでした。

そういう良さを挙げるとキリがないです。本当に趣味ど真ん中だったんです。

登場人物たちも全員好きでした。
1回目に観た時は、イライザと「彼」のことしか考えられなくて、水の中で愛し合うシーンだとか、何もかもがロマンチックで、悪役のことがとてもしんどかったのですが、2回目観た時は、悪役が悪役ではなくなっていました。2回目はストリックランドについて考えていました。それから他の友人たち。
イライザの物語が中心なんですけど、みんなに物語がありました。きっと観た人は、自分の心に寄り添うキャラクターをひとり見つけることができると思います。
みんなひとりぼっちで、みんな孤独で、みんな自分が何者なのかを見つめて、しっかり立っていようともがいていました。うんうん、自分が誰なのかというのは、とても大切な話でした。
もうひとりずつ紹介したいくらいです!


わたしはこういう、世界の端っこみたいなラブストーリーが好きです。
きっと美形でお金や地位もあるキラキラな人たちには、コンプレックスのない人たちには、彼らのことなんて見えないんだろうなって、その愛が、誰に何を言われる前から存在していて、世界中の誰の目に見えても見えなくても関係ないところが、とても好きです。誰にも享受されない愛っていうのかな(わたしが享受しちゃってますね…)。
キラキラな人たちがそうじゃないって意味ではないけど、どうしても、こっちの方が揺るぎないと思ってしまうんですよね。容姿や持ち物ではなく、絶対的に心と心で惹かれあった、と思えるからかもしれません。
昔の友人が、「もっともっと地底の奥深くを静かに流れるような愛がほしい」と言っていたことがあって、そういうものが、ここにあるような気がしました。


これはおとぎ話です。
おとぎ話ってわたし大好きなんですよ(この映画かなりわたしの大好きが多い)。昔のおとぎ話は貧困で子供を持てない、育てられないことが多くて、そこから生まれた物語が多いですよね。それって爽やかに語ることのできない深刻な話じゃないですか。人が死ぬこともあるし。
シェイプ・オブ・ウォーターも、冷戦の時代で、たくさんの差別もありました。見ていられないような暴力や差別、悲しいことが半分くらい占めていました。それってそんなに直接言っていいの?って、思うことが多かったです。圧倒的な現実というか、笑えないものが根底にあって、その中でイライザと「彼」が救われていってくれるんですよね。
現実は辛くて厳しい、ということを前提とした夢って、すごく寄り添ってくれる気がします。

マッチ売りの少女が見たものは、もしかしたら空腹の幻覚かもしれないけど、そんなふうには描かれないじゃないですか。少なくともあの瞬間少女は幸せだったと思います。少女は幸せに、でも少女はマッチを握ってここで死んだんだよって、そんなふうに描かれることがとても好きでした。
これも、端っこのラブストーリーが好きな理由と重なりますが、少女のことにもう誰も口出しできないことや、幸せかどうかは少女にしか決められないこと、少女が見た景色を誰も知らないこと、そういうのが本当に力強く思えるんです。
変かもしれないけど。

この映画とマッチ売りの少女の物語は全然違うけど、感じたことは同じでした。
もっと言うとたぶん、「人はみんなひとりぼっち」ということを強く教えてくれるものに、安心するのかもしれません。
ひとりとひとりは絶対にひとつにはなれないけど、ふたりにはなれると教えてくれる。
もしくは、でも、地底を流れる彼らなら、ひとつになれたのかもしれません。

何にせよ、わたしはとても安心していて、水の中を漂うような心地でした。

タイピスト!

人差し指でタイピングがすごく速い話、と聞いただけだったんですけど、かなり可愛いスポ根ラブストーリーでした。

タイピングなんやけど、これはスポーツです。

タイピスト!』(2012)

田舎育ちのローズは親の決めた縁談を跳ね除け、都会で保険会社の秘書になります。ローズは実家の商店に置いてあるタイプライターを触るのが好きで、使うのは人差し指だけでしたが、かなりタイピングが得意でした。でも、それ以外の仕事が全然できず、上司のルイが「お前顔で雇っただろ」と言われるほどでした。
そんなある日、ルイが「契約を更新してほしいならタイプの大会に出ろ」と言い出します。こうしてローズはタイピングの世界に入っていくのでした。


オープニングクレジットがしっかりした映画でした。それが本当に可愛くて、この映画がずっと可愛いって確信しました。(そして可愛かった!)

ローズは最初の大会に人差し指だけで参戦して、二位になってしまうんですよね、だからルイが、タイプライターとローズの爪に色を塗って、この指でこのキーだよって練習させていて、それもおしゃれでした。
ローズの爪にギョッとしたお客さんに「パリの流行です」と言ったりして、便利ですね、パリの流行。
全体的に、パリ!って感じで、マカロンみたいな世界観でした。


ローズは特訓のためにルイの家に住み始めます。最初はあくまでもコーチと生徒、という感じなんですが、だんだん恋が芽生えるんですよ!
手が触れてドキッ…とか、もしかして恋かも!みたいなのが増えていって。

わたしは映画が好きだなぁと思いました。
こういう物語って、本当に雰囲気で、吸い込まれるみたいに恋に、落ちる、じゃないですか。交際なんて申し込まずに始まるじゃないですか。そういうのがわたしは心底すきで、あぁだから映画が大好きだよ…と、再確認しました。

ずっとそれを考えながら観ていました。

だけど同時に、現実のことも考えてしまって、こうはいかないよなって、それが本当に邪魔で、いいえ、わたしは映画の方を信じるわって、固く心に決めました。

それに、波が寄せるみたいに一緒になって、喧嘩して離れ離れになって、でもやっぱりこの人だよってなるの、わたしにはとてもとても身に覚えがあって、やっぱり映画だったんだ〜と、勝手に嬉しくなりましたね。


意図してかどうかわかりませんが、ルイとローズの身長差があまりないのも好きでした。
女の人が輝く映画で、ローズがその全部をやってくれた気持ちです。
たぶん時代的には、まだ女の人は駆け出したばかりだと思います。その中で、親の決めた結婚をしない、都会でバリバリ働く(しかも秘書)、大会で優勝を目指す、男の人にも積極的にいく、というのがすごく力強かったです。

ローズは美人なので、顔だよねって言われることも多くて、けど全然、顔じゃなかった、パッションだった。
とても元気になる映画です。

タイプライターの音は本当に最高!

レッドタートル ある島の物語


公開時から観たくて、まだ観ていなくって、時がきた!


レッドタートル ある島の物語

(2016)

ひとりの男が遭難し、無人島に流れ着きます。慣れない環境でもなんとか命をつなぎ、イカダで島を出ることにしました。でも何度海へ出ても同じ場所でイカダが壊れ、振り出しに戻ってしまいます。男は心身ともに疲れ果て、生死をさまよいました。
息を吹き返した男がもう一度海へ出ると、イカダを襲ったのは赤い亀でした。ある日その亀が海岸にいるのを見かけた男は、亀を殴り、踏みつけ、動けないようにしました。でも弱っていく亀に心が痛み、助けようと祈っていたとき、赤い亀が人間の女になっていました。
しばらく甲羅の中で意識を失っていた女は、目を覚ますと甲羅を海へ流しました。男はそれを見て、自分も作りかけていたイカダを海へ流し、島で生きていくことを決意します。そして数年後、小さな男の子が誕生し、新しい生活が始まっていました。


台詞のない映画です。
無声映画ではないので、人を呼んだり、叫んだり、笑ったりするんですが、言葉による会話はありません。
自然の音と、音楽と、人の声、人の声でした。

島は海も山も崖も池も、全部ありました。画面いっぱいの緑と風の音で、わたし、ここに帰りたいと思いました。
本当はこわくて、生きるか死ぬかの莫大な力の中にいるのに、暖かく包まれるような雰囲気があって。あんなところで生きていけるわけないのに、帰りたかったんです。
だから、ただいま、と思いながら見始めました。

ただ人間が生きていることを描いてありました。

命って、最初に誕生して、それがずっと続くわけではなくて、その時その時に存在しているのでは、と考えました。
男と女がどこから来たのかはわかりませんが、どこで生まれてどこから来たか、ではなくて、今ここに存在していることが彼らだと思って、うまく言えないけど、生まれた子供も、新しい土地ではそこでの命になると思いました。

命は流れているものではなくて、その時々に置いていくものだから、ひとつひとつを包むんだって思いました。
思い出を遡るときに感情がついてくるのは、そこに置いていた命なのでは。

命の話なので、もちろん死があるんですけど、さよならの気持ちにはなりませんでした。その人が今まで置いてきた命が、全部その人に集まってくる気がして、おかえり、と思いました。
いつか大事な誰かが死んだとき、おかえり、と思いたいかもしれない。


嘘でしょ…見ちゃった…嘘って言って…みたいな気持ちで観てました。
風がどこから来るのか知ってしまったような気持ちでした。
世界や宇宙の真理、とはまた別のことです。そんなものはわかりません。

丁寧で、とくに自然の音が素晴らしかったです。木々が触れ合う音が一本一本聞こえました。雨も。
本当に、自然の猛威、なのに全部優しくて、ずっと抱きしめられていました。
きっとだから、彼も生きていた。

置いていく命のことをたくさん考えて、同じくらい、流れのこともずっと考えていました。わたしは、生きていくことは「流れ」と「真(ま)」だと思っているんですが、間違ってないかもしれない、と思える映画でした。

チア☆ダン

実家に帰ったとき、家族が観ていたので一緒に観ました。

普段こういう、青春!タイプのはあまり観ませんが、いいですね、全部がスッと入ってきました。


チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜』
(2017)

高校一年の春、ひかりは、サッカー部の好きな男子を応援するためにチアダンス部に入ります。チアダンス部は地獄先生という厳しい顧問がいて、なんと説明会初日に先輩達が辞めてしまうのでした。一年生だけになった部に、地獄先生が掲げた目標は「全米制覇」。いろんな目的や目標を持って集まったメンバー達は、チームワークもゼロから始まります。そんな彼女たちが高校三年間で、本場アメリカの大会を目指す、実際にあった物語です。

ひかりは、ダンスはど素人、体も一番かたくて、でも笑顔だけは最高というキャラクターです。笑顔は最高なんだけど、何もべつに、特別なことなんてない主人公でした。
先生が他のメンバーに厳しくしても、「そんなことないよ気にしないで」と慰めたり、後輩に良いポジションを取られても悔しがらない、平和主義の平凡な子で、けして「アメリカに行く!絶対!」と全員を引っ張っていくような子ではありません。
部長の彩乃も、チアダンス経験者でひかりよりは大会を目指していましたが、人を動かすよりは、どちらかというと部長やセンターである自分自身と闘っている様子でした。

誰かが中心になったり、誰かが目立って特別であったり、そういうのはありませんでした。
だからあれは、夢とか雲の上とかではなくて、わたしたちでした。


地獄先生の登場は足元が映るんですが、天海祐希だな…と家族とザワザワして観ていました。天海祐希でした。
よくある厳しいコーチでしたね。毒舌で、弱みを見せず、甘やかさず、機械みたいで。
そのまま微笑んで去っていくのかと思ってたのに、最後に彼女の努力や感動が、一気に流れ込んでくるんですよね。
泣きました。

どんでん返しとかはとくになくて、本当にシンプルな構成なんですが、たぶんひとつひとつが丁寧なんです。泣きました。

先生がチアダンスと出会う場面が、全ての始まりだって風が吹き抜けるみたいでした。
地獄先生は地獄先生として地獄から現れたわけではなくて、ただの一人の高校教師でした。

スウィングガールズウォーターボーイズをイメージしていましたが、少し違いました。どう違うのか、うまく説明できません…。でも、彼女たちはわたしたちだ、という気持ちに関係あると思います。

たまたまチアダンスに出会った、わたしたちの物語。
もっといろんなことが起こるし、いろんな気持ちになりますが、最後に残ったのはこの気持ちでした。

ブンミおじさんの森


タイの映画って初めて観たと思います。

雑誌ポパイで映画の特集があって、いろんな人がいろんな映画を紹介していて、この映画は水曜日のカンパネラコムアイちゃんが紹介していました。



重い腎臓病を患っているブンミは、亡き妻の妹や甥、ラオスからの働き手らと穏やかな日々を過ごしていました。
ブンミは自分の死期が近いことに気づいていました。
ある日、妹たちと一緒に食事をしていると、その席に亡くなった妻が現れます。続いて、行方不明になっていた息子も姿を変えて現れ、ブンミの死期を悟った精霊たちが集まっていると言うのでした。


この話を理解するには、もっと何度も何度も観なければいけないと思いました。一度しか観ていないので、まだ何も捉えきれていません。
輪廻転生、あらゆる流れのお話でした。

コムアイちゃんは3回観て、3回とも途中で寝てしまったんだそうです。でも寝ている時夢を見て、目が覚めた時に夢と映画が繋がっているように思えて、境目がない、というようなことが書いていました。他にも素敵なことがたくさん書いてありましたが、その部分がどうしても、どんな映画だよと思って、そして、寝た映画をこんなふうに話しているのが気になって、観ました。

境目がないのは、確かにわたしもそう感じました。
知らない国の、山の村なのに、窓の外でも見てるような気持ちになるんです。まるでわたしもそこに彼らと座っているみたいに、話の途中で立って珈琲を取りに行ったりしちゃうんです。
だからぼんやりと観ていました。
それでもやっぱり、途中で立って珈琲を取りにいったとしても、食卓の会話って聞いているじゃないですか。そんなふうに、ぼんやり、でもしっかり観ていたんです。

世界は全然別なんですよ。わたしの知らない世界のことが描かれていました。
亡くなった奥さんの幽霊がすーっと現れた時、みんな一瞬驚くんですけど、死んでるとか生きてるとか関係なく会話しはじめるんです。久しぶりだねって。
最終的には奥さんの幽霊が、ブンミの透析を手伝っていました。
死ぬって何なんだろうって思いました。
死んでも透析を手伝えるなら、何も心配いらないなって、その時思いました。
だからブンミがわざわざ森へ向かって、そこで死んでしまったとき、彼はどこへ行ってしまったのか、何に姿を変えてしまったのか、彼も幽霊になって畑の様子を見に来るだろうか、と。

行方不明の息子は、猿の精霊を追って、自分自身も猿の姿になっていました。
そのことも、ブンミたちは受け入れていました。
精霊ってファンタジーでしか聞いたことありません。
精霊が集まってくる物語を受け入れることは簡単ですけど、わたしには、精霊と透析は同じ世界に存在しませんでした。
だから難しかったです。静かに見守りました。

死者や死、魂が、彼らには身近で、それらを自分が手に持っているという自覚がありました。
そして、何か大きな流れの中に身を置いているということもわかっていたと思います。

自分の体が透明になって、その大きな流れの中で、自分と流れの境目が曖昧になって、自分自身が大きな流れの一部になっていくのを想像しました。

今はまだ、そんな想像で止まっています。繰り返し、いろんな季節、いろんな時間、できればいろんな人と観て、言葉を探したいと思いました。

蜜のあわれ


人を好きになるということは、愉しいことでございます。


いい台詞ですね。
みんな声に出すべきです。
人を好きになるということは、


蜜のあわれ』(2016年)

真っ赤な服を着た、丸いお尻の可愛らしい少女赤子は、老作家のおじさまとひっそり暮らしていました。
赤子はおじさまが飼っていた金魚でした。
ある日、おじさまの過去の女の幽霊に出会い、赤子はおじさまと恋人同士になりたいと思うようになります。
ところがおじさまには他に女がいるらしく、金魚姿で女の家に忍び込んだ赤子は嫉妬し、おじさまと大げんかになるのでした。


友人におすすめしてもらったので観ました。
官能的で、演劇的で、レトロっていうんですかね、わたしには取っつきにくい雰囲気でした。後で室生犀星という作家の小説だと知って、納得しました。
室生犀星の本を読んだことはありませんが、話し言葉や空気感、ふたりの目と目の交わし合いが、なるほど、小説だと。


赤子は人間でいうと大人と少女の間くらいで、たぶん男女のことにとても興味がありました。
普段からおじさまに尾ひれを撫でてもらったりしているんですが、幽霊に、恋人同士にはもっと楽しいことがあると教えてもらいます。
「あたいの初夜よ」と言う響きに、本当のことを知らない、ぼんやりした憧れがあるように感じました。
おじさまの女の家に忍び込んで、夢や憧れが現実に変わって、それから赤子はどんどん大人になっていくんですけど、金魚がフナになっていくように見えました。

おじさまに飼われる一匹の真っ赤な金魚が、水槽から出て川のフナになるんです。

恋よりも生き死にを強く意識しました。

真っ赤な服を着て、若くて、好奇心旺盛で、どんどん未来を描いて進んでいく赤子は、圧倒的に生きていました。話を追っていくうちに、わたしには、赤子がおじさまの命なのではと感じられました。
だから赤子がいなくなったとき、ついにおじさまも死ぬんだと思いました。

生き死にの話は、同時に、執着の話でもありました。
おじさまの友人として、若くして亡くなった芥川龍之介が出てくるんです。彼を見ていると、女や赤子や生きることに縋り付くようなおじさまの執着心が気になりました。
たぶんおじさまも、芥川の姿を見るたびに、自分自身の執着を意識していたと思います。

執着するのは生きているものだけではないと、幽霊が物語っていました。
おじさまへの未練はもちろんですけど、赤子に触る描写が、うまく言えないけど、死んでる人が生きてる人をあんなふうに触るんだろうか。

赤子の嫉妬や怒りはとてもよくわかりました。
おじさまが「彼女の真心から出た行為を卑しいものに貶めている」と言った時、ハッとしました。
ハッとしたけど駄目でした。駄目だったのに、赤子は大人になろうとしていました。わたしだけが金魚の水槽に取り残されたんです。
母になる赤子の決意を理解するにはもう少し時間がかかります。

そうして赤子が少し遠くへ行き、幽霊が去り、おじさまを囲んでいたものが少しずつ解れていくのが、おじさまの命が解れていくみたいに思えました。


赤子の金魚ダンスはとても可愛らしかったです。あれを踊っている時だけは、夢の中みたいで、生も死もありませんでした。
だから一番最後にダンスがあったこと、振り出しに戻るみたいで、「人を好きになるということは、愉しいことでございます」でしょ?と。