宇宙船

映画の話

蜜のあわれ


人を好きになるということは、愉しいことでございます。


いい台詞ですね。
みんな声に出すべきです。
人を好きになるということは、


蜜のあわれ』(2016年)

真っ赤な服を着た、丸いお尻の可愛らしい少女赤子は、老作家のおじさまとひっそり暮らしていました。
赤子はおじさまが飼っていた金魚でした。
ある日、おじさまの過去の女の幽霊に出会い、赤子はおじさまと恋人同士になりたいと思うようになります。
ところがおじさまには他に女がいるらしく、金魚姿で女の家に忍び込んだ赤子は嫉妬し、おじさまと大げんかになるのでした。


友人におすすめしてもらったので観ました。
官能的で、演劇的で、レトロっていうんですかね、わたしには取っつきにくい雰囲気でした。後で室生犀星という作家の小説だと知って、納得しました。
室生犀星の本を読んだことはありませんが、話し言葉や空気感、ふたりの目と目の交わし合いが、なるほど、小説だと。


赤子は人間でいうと大人と少女の間くらいで、たぶん男女のことにとても興味がありました。
普段からおじさまに尾ひれを撫でてもらったりしているんですが、幽霊に、恋人同士にはもっと楽しいことがあると教えてもらいます。
「あたいの初夜よ」と言う響きに、本当のことを知らない、ぼんやりした憧れがあるように感じました。
おじさまの女の家に忍び込んで、夢や憧れが現実に変わって、それから赤子はどんどん大人になっていくんですけど、金魚がフナになっていくように見えました。

おじさまに飼われる一匹の真っ赤な金魚が、水槽から出て川のフナになるんです。

恋よりも生き死にを強く意識しました。

真っ赤な服を着て、若くて、好奇心旺盛で、どんどん未来を描いて進んでいく赤子は、圧倒的に生きていました。話を追っていくうちに、わたしには、赤子がおじさまの命なのではと感じられました。
だから赤子がいなくなったとき、ついにおじさまも死ぬんだと思いました。

生き死にの話は、同時に、執着の話でもありました。
おじさまの友人として、若くして亡くなった芥川龍之介が出てくるんです。彼を見ていると、女や赤子や生きることに縋り付くようなおじさまの執着心が気になりました。
たぶんおじさまも、芥川の姿を見るたびに、自分自身の執着を意識していたと思います。

執着するのは生きているものだけではないと、幽霊が物語っていました。
おじさまへの未練はもちろんですけど、赤子に触る描写が、うまく言えないけど、死んでる人が生きてる人をあんなふうに触るんだろうか。

赤子の嫉妬や怒りはとてもよくわかりました。
おじさまが「彼女の真心から出た行為を卑しいものに貶めている」と言った時、ハッとしました。
ハッとしたけど駄目でした。駄目だったのに、赤子は大人になろうとしていました。わたしだけが金魚の水槽に取り残されたんです。
母になる赤子の決意を理解するにはもう少し時間がかかります。

そうして赤子が少し遠くへ行き、幽霊が去り、おじさまを囲んでいたものが少しずつ解れていくのが、おじさまの命が解れていくみたいに思えました。


赤子の金魚ダンスはとても可愛らしかったです。あれを踊っている時だけは、夢の中みたいで、生も死もありませんでした。
だから一番最後にダンスがあったこと、振り出しに戻るみたいで、「人を好きになるということは、愉しいことでございます」でしょ?と。