宇宙船

映画の話

ブンミおじさんの森


タイの映画って初めて観たと思います。

雑誌ポパイで映画の特集があって、いろんな人がいろんな映画を紹介していて、この映画は水曜日のカンパネラコムアイちゃんが紹介していました。



重い腎臓病を患っているブンミは、亡き妻の妹や甥、ラオスからの働き手らと穏やかな日々を過ごしていました。
ブンミは自分の死期が近いことに気づいていました。
ある日、妹たちと一緒に食事をしていると、その席に亡くなった妻が現れます。続いて、行方不明になっていた息子も姿を変えて現れ、ブンミの死期を悟った精霊たちが集まっていると言うのでした。


この話を理解するには、もっと何度も何度も観なければいけないと思いました。一度しか観ていないので、まだ何も捉えきれていません。
輪廻転生、あらゆる流れのお話でした。

コムアイちゃんは3回観て、3回とも途中で寝てしまったんだそうです。でも寝ている時夢を見て、目が覚めた時に夢と映画が繋がっているように思えて、境目がない、というようなことが書いていました。他にも素敵なことがたくさん書いてありましたが、その部分がどうしても、どんな映画だよと思って、そして、寝た映画をこんなふうに話しているのが気になって、観ました。

境目がないのは、確かにわたしもそう感じました。
知らない国の、山の村なのに、窓の外でも見てるような気持ちになるんです。まるでわたしもそこに彼らと座っているみたいに、話の途中で立って珈琲を取りに行ったりしちゃうんです。
だからぼんやりと観ていました。
それでもやっぱり、途中で立って珈琲を取りにいったとしても、食卓の会話って聞いているじゃないですか。そんなふうに、ぼんやり、でもしっかり観ていたんです。

世界は全然別なんですよ。わたしの知らない世界のことが描かれていました。
亡くなった奥さんの幽霊がすーっと現れた時、みんな一瞬驚くんですけど、死んでるとか生きてるとか関係なく会話しはじめるんです。久しぶりだねって。
最終的には奥さんの幽霊が、ブンミの透析を手伝っていました。
死ぬって何なんだろうって思いました。
死んでも透析を手伝えるなら、何も心配いらないなって、その時思いました。
だからブンミがわざわざ森へ向かって、そこで死んでしまったとき、彼はどこへ行ってしまったのか、何に姿を変えてしまったのか、彼も幽霊になって畑の様子を見に来るだろうか、と。

行方不明の息子は、猿の精霊を追って、自分自身も猿の姿になっていました。
そのことも、ブンミたちは受け入れていました。
精霊ってファンタジーでしか聞いたことありません。
精霊が集まってくる物語を受け入れることは簡単ですけど、わたしには、精霊と透析は同じ世界に存在しませんでした。
だから難しかったです。静かに見守りました。

死者や死、魂が、彼らには身近で、それらを自分が手に持っているという自覚がありました。
そして、何か大きな流れの中に身を置いているということもわかっていたと思います。

自分の体が透明になって、その大きな流れの中で、自分と流れの境目が曖昧になって、自分自身が大きな流れの一部になっていくのを想像しました。

今はまだ、そんな想像で止まっています。繰り返し、いろんな季節、いろんな時間、できればいろんな人と観て、言葉を探したいと思いました。