宇宙船

映画の話

シェイプ・オブ・ウォーター


予告編の音楽がきれいで、映画館に観に行きました。
元々、仕事終わりでレイトショーに行くと映画の世界にぶん殴られて、メロメロになってしまうのですが、それにしても素晴らしくて、もう2回も観ました。


(2017)

アメリカ政府の研究所で清掃員として働くイライザは、耳は聞こえるけれど、声を出すことができません。夜に働き、昼間は隣の部屋の画家ジャイルズと、音楽を聴く日々を繰り返していました。
ある日、新しい研究対象として不思議な生き物が運び込まれます。「彼」は人魚のように人の形をして、海中で生きていました。その姿に心を奪われたイライザは、清掃の合間にこっそり「彼」に会いにいくようになります。
アメリカはソ連と、「彼」の研究を巡って火花を散らしていました。アメリカ側のリーダー格であるストリックランドは、ソ連よりも結果を出すために、「彼」の生体解剖を計画します。それを知ったイライザは、友人たちと協力し、「彼」を研究所から連れ出すのでした。


色と音楽がとても美しくて、何もかもがわたし好みです。
イライザの家は1階が映画館になっているアパートで、映画館もアパートの部屋も本当に可愛くて、始まった瞬間ガッツポーズでした。
イライザが音楽や映画を好きこともあってか、50年代60年代くらいの映画の雰囲気が満載で、ちょっとミュージカル映画風味で、メロメロになりますよ。

そんな家と、そして職場が「航空宇宙研究センター」!!
夜に起きて、バスで向かって、朝方に帰宅…で、なんの研究所だかは不思議な感じでしたが、そんなことはよくて、宇宙!研究!夜!極秘!イエスエス!みたいな気持ちでした。

そういう良さを挙げるとキリがないです。本当に趣味ど真ん中だったんです。

登場人物たちも全員好きでした。
1回目に観た時は、イライザと「彼」のことしか考えられなくて、水の中で愛し合うシーンだとか、何もかもがロマンチックで、悪役のことがとてもしんどかったのですが、2回目観た時は、悪役が悪役ではなくなっていました。2回目はストリックランドについて考えていました。それから他の友人たち。
イライザの物語が中心なんですけど、みんなに物語がありました。きっと観た人は、自分の心に寄り添うキャラクターをひとり見つけることができると思います。
みんなひとりぼっちで、みんな孤独で、みんな自分が何者なのかを見つめて、しっかり立っていようともがいていました。うんうん、自分が誰なのかというのは、とても大切な話でした。
もうひとりずつ紹介したいくらいです!


わたしはこういう、世界の端っこみたいなラブストーリーが好きです。
きっと美形でお金や地位もあるキラキラな人たちには、コンプレックスのない人たちには、彼らのことなんて見えないんだろうなって、その愛が、誰に何を言われる前から存在していて、世界中の誰の目に見えても見えなくても関係ないところが、とても好きです。誰にも享受されない愛っていうのかな(わたしが享受しちゃってますね…)。
キラキラな人たちがそうじゃないって意味ではないけど、どうしても、こっちの方が揺るぎないと思ってしまうんですよね。容姿や持ち物ではなく、絶対的に心と心で惹かれあった、と思えるからかもしれません。
昔の友人が、「もっともっと地底の奥深くを静かに流れるような愛がほしい」と言っていたことがあって、そういうものが、ここにあるような気がしました。


これはおとぎ話です。
おとぎ話ってわたし大好きなんですよ(この映画かなりわたしの大好きが多い)。昔のおとぎ話は貧困で子供を持てない、育てられないことが多くて、そこから生まれた物語が多いですよね。それって爽やかに語ることのできない深刻な話じゃないですか。人が死ぬこともあるし。
シェイプ・オブ・ウォーターも、冷戦の時代で、たくさんの差別もありました。見ていられないような暴力や差別、悲しいことが半分くらい占めていました。それってそんなに直接言っていいの?って、思うことが多かったです。圧倒的な現実というか、笑えないものが根底にあって、その中でイライザと「彼」が救われていってくれるんですよね。
現実は辛くて厳しい、ということを前提とした夢って、すごく寄り添ってくれる気がします。

マッチ売りの少女が見たものは、もしかしたら空腹の幻覚かもしれないけど、そんなふうには描かれないじゃないですか。少なくともあの瞬間少女は幸せだったと思います。少女は幸せに、でも少女はマッチを握ってここで死んだんだよって、そんなふうに描かれることがとても好きでした。
これも、端っこのラブストーリーが好きな理由と重なりますが、少女のことにもう誰も口出しできないことや、幸せかどうかは少女にしか決められないこと、少女が見た景色を誰も知らないこと、そういうのが本当に力強く思えるんです。
変かもしれないけど。

この映画とマッチ売りの少女の物語は全然違うけど、感じたことは同じでした。
もっと言うとたぶん、「人はみんなひとりぼっち」ということを強く教えてくれるものに、安心するのかもしれません。
ひとりとひとりは絶対にひとつにはなれないけど、ふたりにはなれると教えてくれる。
もしくは、でも、地底を流れる彼らなら、ひとつになれたのかもしれません。

何にせよ、わたしはとても安心していて、水の中を漂うような心地でした。